橙の電車3

 伝染病棟は他の棟から隔離されているだけでなく、各共同部屋にも自由に入れない。とくに重症患者がいるナースステーションの近くには近寄れない。だがかえでも私も比較的出入りが自由な部屋にいる。二人とも8人部屋でカーテンだけで夜は仕切られる。私の部屋は年配の人が多い。
「これ何?」
 かえでが私のベットを見つけてやってくる。
「紙人形や」
「何するの?」
 私はいつものように食事用の階位テーブルに紙人形を並べてぶつぶつ言って人形を動かす。
「これは忍者だよ」
「だから黒い色なのね?ひろしには兄弟がいる?」
「妹がいる。この病気は妹もうつったけど、半月で治ってここから出た。それを貰った菌が強かったと。それよりあそこに行こう?」
 一日に一度はここで橙の電車を見ないと落ち着かない。
「かえでは?」
「ああ、私?私は独りっ子よ。1か月に2度おばあちゃんが来る。この話は今はしたくないんだな」
 私はいつもの橙の電車の電車を描いている。
「私ね、そう長く生きれないのよ」
「どうして?」
「ここの医者が入院した時におばあちゃんに話していたわ。でもそれより長く生きているわ。ひろし勉強しているんだね?」
「ああ、5年生の教科書を貰ってきたって」
「私なんて勉強しても将来がないので」
 何と悲しい目をしているのだろうか?










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橙の電車2

 今日は朝から冷たい雨が降っている。窓枠の付いた橙の電車を朝からベットの上で見詰めている。ベットの上の小さな棚はもう描き終えた画用紙が積み上げられている。母が来ないと新しい画用紙はもう数日分しかない。ベットの中ではひと形に切った紙を立てて物語の演出をしている。その顔もクレヨンで描くのだ。雨の日は一日中ベットの中でこうしている。
 だが今日はお昼を食べると非常階段に出る。やはり誰も出てきていない。半分ほど雨がふきつけてくるのだ。橙の電車がゆっくり駅に入ってくる。
「朝は来なかったね?」
 いつの間にか少女が後ろに立っている。前は気が付かなかったが毛糸の帽子を被っている。
「帽子が気になるのね?」
と言うと、
「見たい?」
と微笑む。
「名前は?」
「ひろし」
「ひろし君だけに見せてあげるよ」
 帽子を取ると半分ほど毛が抜けていている。
「薬が強すぎた見たい。もう生えてこないのかどうかも分からないようだわ。私はかえで」
 かえでは画用紙を拡げてみせる。やはり橙の電車を描いたようだ。駅から動き出したばかりの先頭車両がにゅうーと飛び出していて、運転手の顔がしっかり描かれている。
「私には運転手が見えるの」
 その夜母が新しい画用紙とクレヨンと5年生の教科書を持ってきた。





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橙の電車1

 橙の電車が通り過ぎる。いつまで見ても飽きない。この非常階段は唯一太陽が差し込む場所で、ここに出れるようになったのは入院して半年してからで、母から買ってもらったクレヨンで同じ電車を描く。この病棟は病院の一番奥にあってどの棟にもつながっていないし、一般の人は入れない。うつるという一言でここの存在は消されている。
 後ろにはこんもりとした森があり時々子供の声が聞こえてくる。不思議に病院に運び込まれる前の記憶があまりない。どうもここに入る時にバッサリと記憶が切り落とされたようだ。どうかするとここでずっと過ごしてきたような気がする。最近は母も仕事が忙しくなったのか1週間に1度来るか来ないかになった。だが寂しくはない。
 この非常階段は上にも下にも繋がらない。どちらにも金網の柵がありこの踊り場だけが解放されている。ここにはいつも5人くらいがいるが話をすることはない。うつるという言葉が無意識に接触を避けるようにさせている。だがベットを出れるようになるとそううつることもないと看護婦が言っていた。だがみんな背を向けて自分の世界に入り込んでいる。
 いつものように橙の電車を描いていると、白い細い指が背中から伸びてくる。その指から黒のクレヨンが橙の電車に窓枠を入れていく。
「電車には窓枠がいるわ」
 私は驚いたように横目で見る。ここで話したことは今日が初めてだ。ただ振り返るのは怖い。
「それに窓の中には人もいるわ。君何年生?」
「この4月で5年生になる」
「私は一つ上。もうここに来て5年になるわ」
 彼女の手にも画用紙が握られている。
「ここには花の咲いているところはないはずだけど?」
「私の庭に咲いていたの。でも私の頭の中にしかないのよ。君の電車は空を飛ばないの?」
「電車は空は飛ばないよ」






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銀河鉄道10

「気を付けてね?」
 静江がマンションで送り出してくれる。今日はかえでの要望で電車で病院に送る。私はすみれの格好をしている。これもかえでの要望だ。ゆっくり歩いて天王寺から環状線に乗る。
「大丈夫か?」
「今日はいつもよりすっきりしている」
 病院のある駅に降りるとかえではホームの先にあるベンチを指す。
「ここから桜を見るよ。覚えている?」
「このベンチ?」
「あの非常階段から見えるの。ひろし君が退院した日もあそこから見てたの。何だか私だけ取り残されるようで涙が出た」
「あそこに桜が見える。まだ3分咲だなあ」
 私が指を指す。だがかえでの視線はその指を追っていない。目が虚空を見ているようだ。
「わあー満開だ!」
 私は彼女の肩を抱き寄せる。こういう時は倒れることが多いのだ。やはり電車で来るのは無理だったのだ。
「私感謝しているの。最後の1年をすみれと暮らせたこと。本当はずっと病院の中で何も残せず死んでいったと思うの」
「どうして最後と言うのだい?」
「無理矢理退院をした時、担当の医師に命の保証はないと言われていた。それでいつ死んでもいいと思って生きてきた。それがすみれと会ってずっと一緒にいたいと思うようになった。でも我儘なのよね?もうすっかり寿命は来ているのよ」
 かえでの体が風に揺れているようだ。
「銀河鉄道が迎えに来たわ」
「すみれも乗せて行って」
「だめ、すみれはもっと私の小説を書いてくれなきゃね」
 もう瞳孔が開いている。
「小説を書き続ける」
 体がふわりと軽くなる。私にはかえで銀河鉄道に乗り込んだのが見えた。
「かえでのために満開に咲いた。いつかここに迎えに来てくれるのを待っている」
 銀河鉄道の窓からピンクの毛糸の帽子を被ったかえでが手を振っている。
「さよなら」

    《完》

これは最初から終わりのイメージがありました。
こういう作品は私の作品では珍しいのです。
だから思ったより早く終わってしまいました。
これは私の中にもう夢のように残っている記憶に、
忘れたように花が咲きました。
この続きはこの小説を書くきっかけになった『ふたり』もよろしくお願いします。

この物語を書き終えて一月になりますが、橙の電車がたびだび夢に現れてきます。
まだ書き足らないのだろうか?



     夢人





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銀河鉄道9

 窓の外から桜の膨らんだ蕾が見える。かえでは疲れたのかまだ眠っている。窓を閉めるとパソコンを開ける。この中にかえでの遺書が入っている。これを私は見てもよいと言われている。だからついつい見てしまう。これはかえでが私が見ることを予想して書いている。私の覚悟を導いているのだ。
 昨日書いたのだろう。新しい文章が加えられている。静江に会社登記の社長の変更をしたと書いてある。とうとう最終の引継ぎを始めたようだ。かえでは自分の命が切れる音が聞こえるのだろうか。母には伝えず父に3千万を渡すようにとも書いている。静江がすでに私の朝食を用意している。
「部屋に入って来い」
 常務に明日休む届けを出している。常務は今日銀行から特別表彰を受ける。私も結果的に初めて代理を抜いて1位の表彰を受けた。私が部屋に入ると常務自ら鍵をかけた。
「これはオフレコだが残念ながら最後の頑張りだったが、力が及ばなかった。合併が決まってしまったよ」
 吸収合併だがその次も予定されていると聞いていた。
「明日には新聞にも発表される。9月がめどだ。今の双方の頭取は辞任して相手の専務が頭取となり私が専務になる。だがその後1年後には都銀に吸収される予定でほとんど都銀には残らない。君が付いてくるなら今回はポジションを用意できるが?」
「しばらく時間をください」
 常務室を出て原付で走り回る。いつの間にかかえでの病院の前に来ていた。明日の桜が咲いているのか見に来たのだ。まだ3分咲だがかえでに桜を見せれる。銀行を辞めてかえでと一緒に小説を書こうか。これは前々から考えていた。小説を書くならずっとすみれでいれる。
 帰り道に平さんの店を覗く。たまたま父が店の前を掃いていて母がお客を送り出している。
「いやあ」
 原付を止めて手を上げる。始めて夫婦で並んでいる姿を見た。親も変わった夫婦だが私はそれ以上だ。












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プロフィール

yumebito86869

Author:yumebito86869
もう記憶の中で小さくなってしまているが、
小さい頃病院で隔離されていた時期があった。
その時隣部屋にかえでと言う毛糸の帽子を被った少女がいた。
童貞を失ったのもかえでだ。
何もかもう失った時、私はすみれとして彼女と再会した。
また短い時間だったが私の中で一生光り輝いている。

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