別れの時9

 朝食の後鞄に入っていたズボンとセーターを着る。鞄の中には丁寧に画帳を仕舞い込む。それからかえでの部屋に行って本棚に交換絵物語を返す。最後のページには元気に出てくるのを待っていると眠り姫に語り掛けている。帰ってきたらこれを見てくれるはずだ。
 部屋に戻ると母がもう立っている。ジャンバーを着せられ病院の門を出る。
「タクシーに乗るわよ」
「あそこの駅から電車に乗りたい?」
「仕方ないわね」
 母はそれでもしぶしぶ商店街を歩き出す。このアーケードも非常階段から見えた。私は階段を上がると駅の先頭まで走る。ここから非常階段が見えるのだ。非常階段には寒いので誰も出ていない。かえでの個室のもまだがあるだろうか。私は何度も何度も手を振る。
「行くわよもう」
 私は聞こえないように手を振っている。
「誰かいるの?」
 それに答えないでひたすら手を振り続ける。窓の中にいるかえでが見えたように思った。見ようとしたらなんでも見えるのよ。その声が聞こえたようだ。
「行っちゃうよ」
 母が追い付いてきて腕を引っ張る。橙の電車が遠ざかる。
 いつかまた会いたいよ!いつの間にかぼろぼろと涙が溢れてくる。そこにかえでの笑い顔が見えた。






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別れの時8

 退院の日が続くがかえでは出てこない。今日は雪が降って肌寒いが一人非常階段で続けて交換絵物語を描いている。寒いので誰も出てきていない。最近は橙の電車に窓を描くし時には運転手を描くこともある。これは見えているわけではなく想像だ。かえでの影響だ。かえでには見えないものがよく描かれている。とくに天使がよく描かれている。
「彼氏?」
 この看護婦は私のことをそう呼ぶ。彼女にはかえでの部屋の状況を見てきてもらうように頼んでいる。
「まだ微熱があるようだけど元気になっているわ」
「話出来た?」
「ええ、この帽子上げてほしいと言ってた」
 ピンクの毛糸の帽子だ。
「その帽子の中に写真が入っていると言っていたわ」
と渡しながら、
「どうこれから?」
 度々誘われている。だが私にはかえで以外は全く興味がない。黙っているといつの間にか消えている。私が退院するまでに出てこれないと覚悟したのだろう。ピンクの毛糸の帽子は彼女が抱かれたい時に被る帽子だ。彼女は7色の帽子を持っていてその時の気持ちで帽子の色を変えるのだ。
 帽子は裏生地が貼ってあってその間に写真が入っていた。これは秘密基地で撮った二人の裸写真だ。まるで裸の結婚式のようだ。この後彼女は画面を見て噴き出したのだ。それは私のものが上を向いていたのだ。この1年2か月が私の人生の空白時間になるのだ。



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別れの時7

 2度目の再検査の結果に珍しく父が来た。
「妹の私立の中学の入学面接にお母さんは行ったよ」
 診断室で説明を受けてベットに戻ると父が言った。検査は問題なしで退院は2月の初めと言うことになった。
「なぜ髪を切らない?」
「風邪ひきで」
と嘘をついた。
「おばあちゃんの部屋に机を入れた。私は今度区役所が変わる。だんだん端っこに飛ばされる」
 最後は独り言のようだ。
 かえでの部屋に入ると綺麗に布団が畳まれていて枕が乗っている。棚にピンクの帽子が乗っている。
「彼女さっき個室に入ったよ」
 あの看護婦が声をかける。
「風邪ひき?」
「高熱が出て呼吸ができなくなったの」
と言って耳元で囁く。
「君ならただで抱かれていいよ。声かけて?」
 彼女は私の部屋の担当の看護婦の話では25歳で部長とも寝ているという噂だ。これは看護婦同士が廊下で話していたのを聞いた。
 また交換絵物語を一人で描くことになる。
 非常階段に行くと橙の電車を見る。今度こそかえでは帰ってこないかもしれない。そう思うと自然に涙が溢れてくる。










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別れの時6

 正月の病院は寂しい。看護婦の数も少なくなるし帰宅する患者も多い。私の部屋も半分に減った。かえではおばあちゃんにクリスマスプレゼントでデジカメを買ってもらったようだ。きょうは夜にかえでと秘密基地にお泊りする。これは例の看護婦が今日は夜に誰も泊まらないと聞いたようだ。
 消灯の10分前に枕と鞄を布団の中に入れて廊下に出る。もうこの時間歩き回る患者はいない。かえでもパジャマ姿で布の袋を手に出てくる。小走りに秘密基地に飛び込む。夜はここも暖房が効いている。さっそくかえでは私の女装にかかる。化粧は自分でする。
「これ合間に作っていたの」
 かえでは黒いセパレーツの下着をTバック風に切り刻んでいる。
「ひろし君のはおちんちんが出るので少し太くしたよ」
 そう言ってデジカメで撮る。かえでのTバックは紐のようだ。
「膨れて来たよ。久しぶりに入れてみる?」
 そう言えば1か月も入れていない。キッスをしながら指で狭間に誘い込む。しっとりと濡れている。初めの頃はかえではつばを縫って入れるのに苦労していた。体が馴染んできたようだ。男と女は不思議な動物だ。
「凄い!20分持つの記録ね?」
「舐めてもいい?」
「汚いよ」
 自分の精液が残っている。狭間をゆうっくり舐めてそれから下の穴を舐める。
「そこは駄目!」
「かえでの匂いを覚えておくよ」





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別れの時5

 入院して1年が過ぎた。すっかり学校のことは忘れている。それに親しい友達もいない。今日は母が来て検査結果を部長の診察室で聞く。
「今回の検査で菌が発見されませんでした。だが安心はできません。再発して戻ってくる人が10%ほどいるのです」
「でもこのままでは小学校に留年となるのです」
「聞いていますよ。1か月後再検査でOKなら退院されていいでしょう」
 退院と聞いて私は少しもうれしくなかった。かえでと別れる。それが頭に浮かんだのだ。
「妹は今年から学習塾に通っているの。私立の中学を目指している。それで二人の部屋は今は妹の勉強部屋にしたわ。戻ってきたらしばらくおばあちゃんの部屋に預かってもらう」
 ついに私の居場所がなくなったようだ。
 母が帰ると画帳を持って非常階段に行く。もう寒くなって誰もいない。夕陽の中を橙の電車がゆっくり駅に入ってくる。
「なんか元気ないようね?検査結果が悪かったの?」
「いや反対だ」
「だったら?」
「退院したらかえでともう会えない」
「そうね。私一人取り残されるのね。私も新しい恋人を見つけないとね」
と言ったが寂しそうだった。
「私ブログを作ったの見てみる?」
 私に手を引っ張るように部屋に連れて行く。パソコンを開くと『かえでの部屋』というブログが現れる。ピンクの帽子を被ったかえでの写真がプロフィールに貼ってある。『眠り姫』と言う作品を描きはじめている。絵本のようだ。
「綺麗だなあ」
「でも大変なの。1ページ拵えるのに1週間もかかったの。でも嬉しいの。もう100人も見に来てくれたわ」





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別れの時4

 私は化粧に凝りだした。髪も長めになって少しずつ自分が変わってきているような気がしている。もうかえでにしてもらわなくとも化粧が自分でできる。彼女が持っている女性週刊誌をベットで密やかに見ている。かえでは非常階段い出ることは少なくなってベットでパソコンをしている。
 私は裏の森にある楓を見ている。もう肌寒い季節が来ている。秘密基地には1週間に一度の割合で入るが大半が私の女装が中心だ。今日も1時間ほど入っている。かえでが私を絵に描くというのだ。それで化粧をして半裸で胸を手で隠している格好をさせられた。
「ひろし君は体はしっかりしてるけど、化粧をするとほっそり見えるね?それに私の肌よりずっとつるつるしている。羨ましい」
と言いながら鉛筆でデッサンをしている。これをパソコンに下絵として写すのだそうだ。そこで色を付けていく。わずかの間に凄く上手くなっている。
「検査はどうだった?」
「数値はよくないわ。先生は次に風邪を引いたら危なくなると言っている」
「でも顔色は良くなっているし少しふっくらしてように思う」
 とくに胸が膨らんできたように思う。
 ドアがノックされる。それで慌てて化粧を落とし髪型を戻す。かえでは画用紙を丸めて布袋にしまう。それから15分後にドアを開けて廊下に出る。そのまま非常階段に移る。
「あの看護婦、新しい恋人ができた見たい」
「誰?」
「新しく私の部屋に入ったおじさんよ。やはり1万円を取ってるようよ」
「どうしてわかる?」
「口止めされたの」








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別れの時3

「どう見てみる?」 
 かえでに言われて鏡を見る。自分の顔であって自分の顔でないような気がする。今日は秘密基地でかえでに頼んで化粧をしてもらった。
「ひろし君て妹のようだわ」
「一度幼稚園の時に人数合わせに姫さんにさせられた。その時胸が熱くなった」
「心は女かもね?キッスしてもいい?」
 かえでの濃厚なキッスだ。これも週刊誌で覚えたようだ。
「今日は駄目よ。4時から検査があるの」
と言ってキッスは辞めない。
 私は目をつむっている。
「何だか変よ。男になったみたい。私も髪がほしい」
 かえでは私の小さな乳を吸う。
「綺麗よ」
と繰り返す。
「ひょっとしたらひろし君は女の子かもしれないよ」
「そんなことあるの」
「姉さんの友達もいたと言っていたわ。女の子なのに男が好きになれずずっと姉さんを追っかけていたようよ」
「気持ち悪い?」
「好きよ」
 初めて他人この気持ちを話した。







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別れの時2

 かえでにノートパソコンが届いた。それから夢中で秘密基地に行く回数も減った。その代わり私はかえでのベットに張り付いている。それ以外は教科書を勉強している。かえでが母のように最近は口うるさく言うのだ。姉さんの相手だった医師が時々教えてくれているようだ。
「どうこの絵?」
「そんなにうまくかけるんだ?」
「ブログを書くのも教えてもらっている」
「ブログ?」
「日記みたいなものよ」
「先生とは?」
「何言っているの」
 かえでは笑っている。私は最近気になって秘密基地を見張っている。二人で入らないかと思っている。これが嫉妬と言うものか。
「空いている時間はひろし君がワードの勉強したら」
と画面を用意してくれる。
「母ね、あの男の子供出来たようよ。それに付け込んでノートパソコンをねだったの。でもね、母は別れると思う」
「どうして?」
「男運が悪いの。今の男もチンピラよ。私のお父さんはやくざだったのよ。籍も入れてないうちに刑務所に入ったわ」
「お母さんは何をしているの?」
「小さなスナックの代理ママよ。ひろし君のお母さんは?」
「洋裁の小さな教室をしているよ」










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別れの時1

 交換絵物語も3冊目に入った。かえでは最近恐ろしいほど綺麗になった。体の中から輝くものがある。
「私はもう医師から告げられた寿命は過ぎている。蝉みたいに最後まで鳴いて死んでいくの」
と言うかえでは嫌いだ。
 今日は母が秋物を持って病院に来た。私は母の顔を見ると慌てて鞄から交換絵物語を抜き出してベットの下に隠す。恥ずかしいものを見られるような気持ちだ。母が写真を出して、
「妹が絵画展の大賞を取ってローマに送られた作品よ」
と自慢げに見せる。地中のさつまいもを大胆なタッチで描いている。もう兄など忘れたようだ。一度もだ訪ねてきたことがない。
「兄ちゃんはいつまでたっても橙の電車ばかりね」
 かえでが入口に先ほどから立っている。
「それと6年までに学校に戻れなかったら中学に上がれないと言われた」
 それを念を押して帰っていった。
「綺麗なお母さんね?」
「そうかな」
「でも妹を可愛がっているみたいね?でもひろし君勉強しないと中学に上がれないよ」
「かえでは?」
「小学に一度も行かなかったのにもう卒業よ。留年になるみたい。でも私は今だけが大切なの。それで母にノートパソコンをねだっているの」
「どれでどうするの?」
「パソコンで絵を描くの。ひろし君も貸してあげるから小説を書いたら」







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秘密基地8

 今日は約束して秘密基地に入った。かえではピン子の帽子を被っている。すぐに目を閉じろと言われてベットに横になる。30分も経ったのだろうかうとうとしているとかえでの声がした。
「どう?」
 人形のようなかえでが現れた。姉さんの化粧をしたのだ。
「綺麗だよ」
 そう言い終わらないうちにするすると服を脱いでしまった。小さなオッパイが少し膨らんでいる。
「抱きかかえて?」
「別人みたいだよ」
「私も自分で見とれちゃうわ」
 すでに私はかえでの裸を見ると立つようになってしまっている。
「今回は出るのを気にしないで最後まで入れて。薬を飲んだから心配いらない」
「痛くない?」
「ひろし君の小さいから大丈夫よ。入れたり出したりするの」
 うー!夢精の時と同じだ。彼女のものがピタピタと音を立てている。彼女に手に急に力が入って苦しいほど抱き絞めてくる。
「出るよ」
「出していいよ」
 急にかえでがぴくぴくと震えだす。
「どうしあたの?」
「いい。いいのよ。こんなにいいのならもう少し生きていたい」










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秘密基地7

 私は最近は交換絵物語を下着を入れている鞄に入れるようにしている。もう他人には見せられない絵が描かれている。私は出来るだけかえでを迎えに行かず非常階段に行くようになっている。かえでとあの日からそれでも3回入っている。毎回かえでには週刊誌で読んだことを試しているようだ。
「ひろし君は私が嫌い?」
「そんなことはないよ」
「だったら秘密基地をなぜ避けるの?」
「このままじゃみんな変な目で見るのじゃ?」
 確かに医者も看護婦もあの部屋の意味を知っている。それに患者も時々出入りしている。
「でも誰もばらさなよ。みんな知らんふりしている。姉さんは何度も外でドアが開くのを待っていた看護婦に会ったって」
 でも黙って絵を描いている私を見て私の画用紙に青色の電車を描いた。
「これは私の電車よ。ひろし君の電車と今すれ違っている。でも今を逃したらもう2度と会えなくなるのよ」
「ここは環状線だからまた会える」
 これは母の受け売りだ。まだ一度も一周したことはない。
「ひろし君は治ってここを出る日が来る。きっと私は出る時は死んだときだけよ。私って友達ができない子なんだ。ひろし君の他にまた友達ができることってないように思う」
「でも子供ができるよ」
「心配しないでいいの。姉さんから薬ももらっているし、明日は貰った化粧を持っていく」
と言って私もパジャマのズボンのポケットに手を入れる。しっかりと私のものを握っている。
「出るまでは私を忘れないで」





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秘密基地6

 車椅子が要らなくなってかえではスカートを履くようになった。あの姉さんはずっとスカートをはいていた。今日は朝は非常階段に出てこなかった。私が昼食を食べて部屋に迎えに行く。今日は久しぶりのピンクの帽子だ。ベットで交換絵物語を渡したら腕を引っ張って部屋を出る。
「どこへ行く?」
「黙って!」
 きょろきょろとナースステーションを見ている。急に手を引っ張ると秘密基地に引っ張り込む。それからすぐに鍵を回す。やはりかえでの顔はひきつっていて目が震えている。
「あ!」
 かえでの手が私のパシャマとパンツを降ろしている。指で皮をむいている。それから柔らかく撫でる。
「大きくなった。気持ちいい?」
「うん」
「まだ出したら駄目よ」
 今度はスカートをまくった。パンツも履いてない。
「見て、ここも毛が抜けちゃってつるつるよ」
 母のは毛が生えてまったく見えない。
「指入れていいよ。うんそう気持ちがいい。わーやっぱり本の書いているように大きくなった」
 私のものが上を向いてぴくぴくしている。かえでが口に含む。その瞬間ぴゅーと出た。
「まだ出しちゃ」
 ドアがノックされた。だがそれ以上は叩かない。
「15分後に出てという合図。姉さんが言ってたわ」
「ごめんだよ」
「いいの、まだ死ねないからね」







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秘密基地5

 隣のベットの女性が退院が決まった。もう2日前からかえでが色々なものを貰っている。最後の朝私も車椅子を押して部屋に入った。すっかりベットは片づけられていて本棚も空になっている。着物を着た母親が鞄を下げている。かえでを押してナースステーションのエレベターの前に行く。ここは柵があってこれ以上はいけないようになっている。若い医師が涙目で立っている。
 かえでがしっかり抱き合って手を振る。それから非常階段に行く。
「姉さんは19歳で母親のスナックを手伝うようよ。あそこにいた医師、秘密基地で何度もエッチしていたのよ」
「へえ!」
「分かるわ。姉さんも5年もいて何度も個室を行き来していたの。18歳の時に彼を秘密基地に誘い出した。秘密基地は長い入院患者の伝説の部屋なの。姉さんはおぼこで死にたくないっていつも言っていた」
「処女!?」
 これは彼女の週刊誌の知識だ。
「結婚する?」
「女が入院患者の場合はほとんどそのままお別れらしいよ。看護婦の場合は結婚が多いと」
 女同士の話をしているようだ。
「患者同士は?」
「それも別れる」
と言われて私はかえでの顔を見た。
「私はきっと出れないと思う。だからどうしても私はここで果たすわ」
 かえでは10月で12歳になり中学生になる。だが小学校に一度も通ったことがない。






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秘密基地4

 久しぶりに父が見舞いに来た。渡されていた着替えを出して入れ替える。父は嫌いではないがじっくり話したことがなかった。入り口に昼食をすましたかえでが一人で車椅子をこいできている。私の記憶では父は毎晩遅く酔っぱらって帰ってくる。残業だと言っている。だが寡黙な人だ。
 練習問題のノートを母から預かってきたようだ。
「絵ばかり描いていたら偉くなれんぞ」
 1時間座っていてそれでけ言って帰っていった。
「お待たせ。押すよ」
 私はかえでの車椅子を押して非常階段に行く。今日は日曜日で誰もいない。
「優しそうなお父さんね?」
「ほとんど話さないよ」
「お勤め?」
「区役所に勤めている」
「ひろし君はお父さん似かな?」
「どうして?」
「男前だと思う」
 そういうと車椅子から立ち上がって手すりまで歩く。
「凄いな」
「ベットの中でも歩いているのよ。交換絵物語見てくれた?ひろし君ってもう夢精した?」
 最近どんどん過激になっている。
「パンツにねっとりしたものが朝残っているって?」
「ああ」
「もう立派な男の子だわ。私も始まっている。子供ができるらしいよ」





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秘密基地3

 看護婦に頼んで車椅子を出してもらった。私は車椅子の押し手だ。今日は水色の空に筋雲が見える。
「あの看護婦さん覚えている?」
「いや?」
「秘密基地で見た看護婦さんよ。乳首が大きかった。きっと子供がいるのよ」
「よく知ってるな?」
「女性週刊誌を見ているもん」
「まだ歩けない?」
「これ見てよ」
とパジャマのズボンを腿まで上げる。何とほっそりし過ぎた脚だろう。
「すっかり肉が落ちたわ。ひろし君の絵では私は眠ったままよ。早く起こしてね?」
「今日起きるところを描くよ」
「絵はまだまだだけど文章は好きよ」
 こうして話しているときは他の人は気にならない。今日も常連の子供たちに年寄りがいる。
「あの橙の電車が停まる駅の名前知っている?」
「いや、聞いてみようか?」
「そんなこといいよ。私はもう名前を付けている。天国行きよ。だからひろし君の橙の電車のようにぐるりと回らない。そこから空に飛ぶの。いつか漫画で夜行列車が空を飛ぶのを見た」
 空を飛ぶ発想は私にはなかった。かえでは足をバタバタしている。
「痛い?」
「筋肉を戻したいの。そうしないと秘密基地には行けない」






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秘密基地2

 蝉の声がもの悲しい。朝は涼しい風が吹き込んでくる。いつものように朝食を済ませると非常階段に陣取る。かえでとの交換絵物語はもう私だけの物語になっている。病気になったかえでの横でいろいろ話をしている絵が続いている。もう3か月になるか。毎日一番にかえでのベットを覗きに行く。何よりも恐ろしいのは本棚が整理されることだ。私の部屋も1人そうしていつの間にかいなくなっていたのだ。
「彼氏」
 背中から声を掛けられて振り向く。かえでの隣のベットの姉さんだ。
「呼んでいるよ」
「へえ!」
 私は小走りにかえでの部屋に行く。
 小さくなった水色の毛糸の帽子を被ったかえでだ。
「帰ってくれたよ」
「待っていたよ」
 私は手に持っていた交換絵物語を布団の上に置く。彼女は黙ってあの止まっていた日から頁を繰る。
「秘密基地に行ってくれるのね?」
「ああ」
「私は森から迎えに来た魔女の手を懸命に振り払った。まだやり残したことがあるの。でもまだ歩けないの。眩暈がする」
「お母さん来てたよ」
「会ったわ。結婚すると言っていたわ。それと私はおじいちゃんのお墓に入ると言っていた」
 何という母だ。
「もう余命の時間はとっくに過ぎている。でも私はやり残したことするまで行かないよ」
 私はそっとかえでの手を握った。冷たい手だ。






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秘密基地1

 あの日から私とかえでは姉弟のようになった。かえでは兄弟もなく一人ぽっちだから私を何くれと面倒を見てくれた。私は妹と疎遠となっていたから甘えるようになった。だがどうしてか二人とも秘密基地を避けていた。交換絵物語は少しずつ過激になっていくのを気付かないでいた。
 真夏になってかえではまた個室に入った。私は交換絵物語を持ったまま毎日かえでの部屋を訪ねた。今度は10日経っても出てくる様子がなかった。そんな日初めてかえでの母を部屋で見た。母親の匂いが全くしない歳の離れた姉のようだった。
「今回は覚悟してください」
と医師が言う言葉に吃驚した。
「いえ、入院した時から諦めています」
 冷たい声だ。
 私は耐えれなくなって非常階段に行き橙の電車を描く。そう言えば悲しいことがあればただひたすら絵を描く子だった。何台も何台も電車を見送り赤い太陽が沈んだ。死という現実を初めて考えた。もうかえでには会えないかもしれない。かえでが秘密基地に行こうというのを無意識で拒んだ。それと誰にも隠していたことがある。それをかえでには今話をしたい。
 帰りに夕食が運ばれている中また部屋を覗いた。かえでのベットにアロハシャツを着た男が立っている。かえでの母が立ち上がって男の腕に手を絡ませる。こんなところで待ち合わせしていたのだ。かえでは母のことを滅多に口にしなかったのはこれなのだろう。悔しさで涙が溢れる。
 その夜私は交換絵物語を連続して描いた。花の咲き乱れる秘密基地の森だ。かえでが目を閉じていて私が彼女の胸で寝ている。そのかえではピンクの毛糸の帽子を被っている。ピンクは勝負色だとかえでが言っていた。そう言えば秘密基地に誘ったかえではピンクの帽子を被っていた。
 その夜夢の中にかえでが出てきた。どういうわけか小さなリュックを背負っていた。私は引き留めようと手を伸ばすが届かない。




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プロフィール

yumebito86869

Author:yumebito86869
もう記憶の中で小さくなってしまているが、
小さい頃病院で隔離されていた時期があった。
その時隣部屋にかえでと言う毛糸の帽子を被った少女がいた。
童貞を失ったのもかえでだ。
何もかもう失った時、私はすみれとして彼女と再会した。
また短い時間だったが私の中で一生光り輝いている。

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