別れの時9

 朝食の後鞄に入っていたズボンとセーターを着る。鞄の中には丁寧に画帳を仕舞い込む。それからかえでの部屋に行って本棚に交換絵物語を返す。最後のページには元気に出てくるのを待っていると眠り姫に語り掛けている。帰ってきたらこれを見てくれるはずだ。
 部屋に戻ると母がもう立っている。ジャンバーを着せられ病院の門を出る。
「タクシーに乗るわよ」
「あそこの駅から電車に乗りたい?」
「仕方ないわね」
 母はそれでもしぶしぶ商店街を歩き出す。このアーケードも非常階段から見えた。私は階段を上がると駅の先頭まで走る。ここから非常階段が見えるのだ。非常階段には寒いので誰も出ていない。かえでの個室のもまだがあるだろうか。私は何度も何度も手を振る。
「行くわよもう」
 私は聞こえないように手を振っている。
「誰かいるの?」
 それに答えないでひたすら手を振り続ける。窓の中にいるかえでが見えたように思った。見ようとしたらなんでも見えるのよ。その声が聞こえたようだ。
「行っちゃうよ」
 母が追い付いてきて腕を引っ張る。橙の電車が遠ざかる。
 いつかまた会いたいよ!いつの間にかぼろぼろと涙が溢れてくる。そこにかえでの笑い顔が見えた。






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別れの時8

 退院の日が続くがかえでは出てこない。今日は雪が降って肌寒いが一人非常階段で続けて交換絵物語を描いている。寒いので誰も出てきていない。最近は橙の電車に窓を描くし時には運転手を描くこともある。これは見えているわけではなく想像だ。かえでの影響だ。かえでには見えないものがよく描かれている。とくに天使がよく描かれている。
「彼氏?」
 この看護婦は私のことをそう呼ぶ。彼女にはかえでの部屋の状況を見てきてもらうように頼んでいる。
「まだ微熱があるようだけど元気になっているわ」
「話出来た?」
「ええ、この帽子上げてほしいと言ってた」
 ピンクの毛糸の帽子だ。
「その帽子の中に写真が入っていると言っていたわ」
と渡しながら、
「どうこれから?」
 度々誘われている。だが私にはかえで以外は全く興味がない。黙っているといつの間にか消えている。私が退院するまでに出てこれないと覚悟したのだろう。ピンクの毛糸の帽子は彼女が抱かれたい時に被る帽子だ。彼女は7色の帽子を持っていてその時の気持ちで帽子の色を変えるのだ。
 帽子は裏生地が貼ってあってその間に写真が入っていた。これは秘密基地で撮った二人の裸写真だ。まるで裸の結婚式のようだ。この後彼女は画面を見て噴き出したのだ。それは私のものが上を向いていたのだ。この1年2か月が私の人生の空白時間になるのだ。



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別れの時7

 2度目の再検査の結果に珍しく父が来た。
「妹の私立の中学の入学面接にお母さんは行ったよ」
 診断室で説明を受けてベットに戻ると父が言った。検査は問題なしで退院は2月の初めと言うことになった。
「なぜ髪を切らない?」
「風邪ひきで」
と嘘をついた。
「おばあちゃんの部屋に机を入れた。私は今度区役所が変わる。だんだん端っこに飛ばされる」
 最後は独り言のようだ。
 かえでの部屋に入ると綺麗に布団が畳まれていて枕が乗っている。棚にピンクの帽子が乗っている。
「彼女さっき個室に入ったよ」
 あの看護婦が声をかける。
「風邪ひき?」
「高熱が出て呼吸ができなくなったの」
と言って耳元で囁く。
「君ならただで抱かれていいよ。声かけて?」
 彼女は私の部屋の担当の看護婦の話では25歳で部長とも寝ているという噂だ。これは看護婦同士が廊下で話していたのを聞いた。
 また交換絵物語を一人で描くことになる。
 非常階段に行くと橙の電車を見る。今度こそかえでは帰ってこないかもしれない。そう思うと自然に涙が溢れてくる。










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別れの時6

 正月の病院は寂しい。看護婦の数も少なくなるし帰宅する患者も多い。私の部屋も半分に減った。かえではおばあちゃんにクリスマスプレゼントでデジカメを買ってもらったようだ。きょうは夜にかえでと秘密基地にお泊りする。これは例の看護婦が今日は夜に誰も泊まらないと聞いたようだ。
 消灯の10分前に枕と鞄を布団の中に入れて廊下に出る。もうこの時間歩き回る患者はいない。かえでもパジャマ姿で布の袋を手に出てくる。小走りに秘密基地に飛び込む。夜はここも暖房が効いている。さっそくかえでは私の女装にかかる。化粧は自分でする。
「これ合間に作っていたの」
 かえでは黒いセパレーツの下着をTバック風に切り刻んでいる。
「ひろし君のはおちんちんが出るので少し太くしたよ」
 そう言ってデジカメで撮る。かえでのTバックは紐のようだ。
「膨れて来たよ。久しぶりに入れてみる?」
 そう言えば1か月も入れていない。キッスをしながら指で狭間に誘い込む。しっとりと濡れている。初めの頃はかえではつばを縫って入れるのに苦労していた。体が馴染んできたようだ。男と女は不思議な動物だ。
「凄い!20分持つの記録ね?」
「舐めてもいい?」
「汚いよ」
 自分の精液が残っている。狭間をゆうっくり舐めてそれから下の穴を舐める。
「そこは駄目!」
「かえでの匂いを覚えておくよ」





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別れの時5

 入院して1年が過ぎた。すっかり学校のことは忘れている。それに親しい友達もいない。今日は母が来て検査結果を部長の診察室で聞く。
「今回の検査で菌が発見されませんでした。だが安心はできません。再発して戻ってくる人が10%ほどいるのです」
「でもこのままでは小学校に留年となるのです」
「聞いていますよ。1か月後再検査でOKなら退院されていいでしょう」
 退院と聞いて私は少しもうれしくなかった。かえでと別れる。それが頭に浮かんだのだ。
「妹は今年から学習塾に通っているの。私立の中学を目指している。それで二人の部屋は今は妹の勉強部屋にしたわ。戻ってきたらしばらくおばあちゃんの部屋に預かってもらう」
 ついに私の居場所がなくなったようだ。
 母が帰ると画帳を持って非常階段に行く。もう寒くなって誰もいない。夕陽の中を橙の電車がゆっくり駅に入ってくる。
「なんか元気ないようね?検査結果が悪かったの?」
「いや反対だ」
「だったら?」
「退院したらかえでともう会えない」
「そうね。私一人取り残されるのね。私も新しい恋人を見つけないとね」
と言ったが寂しそうだった。
「私ブログを作ったの見てみる?」
 私に手を引っ張るように部屋に連れて行く。パソコンを開くと『かえでの部屋』というブログが現れる。ピンクの帽子を被ったかえでの写真がプロフィールに貼ってある。『眠り姫』と言う作品を描きはじめている。絵本のようだ。
「綺麗だなあ」
「でも大変なの。1ページ拵えるのに1週間もかかったの。でも嬉しいの。もう100人も見に来てくれたわ」





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別れの時4

 私は化粧に凝りだした。髪も長めになって少しずつ自分が変わってきているような気がしている。もうかえでにしてもらわなくとも化粧が自分でできる。彼女が持っている女性週刊誌をベットで密やかに見ている。かえでは非常階段い出ることは少なくなってベットでパソコンをしている。
 私は裏の森にある楓を見ている。もう肌寒い季節が来ている。秘密基地には1週間に一度の割合で入るが大半が私の女装が中心だ。今日も1時間ほど入っている。かえでが私を絵に描くというのだ。それで化粧をして半裸で胸を手で隠している格好をさせられた。
「ひろし君は体はしっかりしてるけど、化粧をするとほっそり見えるね?それに私の肌よりずっとつるつるしている。羨ましい」
と言いながら鉛筆でデッサンをしている。これをパソコンに下絵として写すのだそうだ。そこで色を付けていく。わずかの間に凄く上手くなっている。
「検査はどうだった?」
「数値はよくないわ。先生は次に風邪を引いたら危なくなると言っている」
「でも顔色は良くなっているし少しふっくらしてように思う」
 とくに胸が膨らんできたように思う。
 ドアがノックされる。それで慌てて化粧を落とし髪型を戻す。かえでは画用紙を丸めて布袋にしまう。それから15分後にドアを開けて廊下に出る。そのまま非常階段に移る。
「あの看護婦、新しい恋人ができた見たい」
「誰?」
「新しく私の部屋に入ったおじさんよ。やはり1万円を取ってるようよ」
「どうしてわかる?」
「口止めされたの」








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別れの時3

「どう見てみる?」 
 かえでに言われて鏡を見る。自分の顔であって自分の顔でないような気がする。今日は秘密基地でかえでに頼んで化粧をしてもらった。
「ひろし君て妹のようだわ」
「一度幼稚園の時に人数合わせに姫さんにさせられた。その時胸が熱くなった」
「心は女かもね?キッスしてもいい?」
 かえでの濃厚なキッスだ。これも週刊誌で覚えたようだ。
「今日は駄目よ。4時から検査があるの」
と言ってキッスは辞めない。
 私は目をつむっている。
「何だか変よ。男になったみたい。私も髪がほしい」
 かえでは私の小さな乳を吸う。
「綺麗よ」
と繰り返す。
「ひょっとしたらひろし君は女の子かもしれないよ」
「そんなことあるの」
「姉さんの友達もいたと言っていたわ。女の子なのに男が好きになれずずっと姉さんを追っかけていたようよ」
「気持ち悪い?」
「好きよ」
 初めて他人この気持ちを話した。







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別れの時2

 かえでにノートパソコンが届いた。それから夢中で秘密基地に行く回数も減った。その代わり私はかえでのベットに張り付いている。それ以外は教科書を勉強している。かえでが母のように最近は口うるさく言うのだ。姉さんの相手だった医師が時々教えてくれているようだ。
「どうこの絵?」
「そんなにうまくかけるんだ?」
「ブログを書くのも教えてもらっている」
「ブログ?」
「日記みたいなものよ」
「先生とは?」
「何言っているの」
 かえでは笑っている。私は最近気になって秘密基地を見張っている。二人で入らないかと思っている。これが嫉妬と言うものか。
「空いている時間はひろし君がワードの勉強したら」
と画面を用意してくれる。
「母ね、あの男の子供出来たようよ。それに付け込んでノートパソコンをねだったの。でもね、母は別れると思う」
「どうして?」
「男運が悪いの。今の男もチンピラよ。私のお父さんはやくざだったのよ。籍も入れてないうちに刑務所に入ったわ」
「お母さんは何をしているの?」
「小さなスナックの代理ママよ。ひろし君のお母さんは?」
「洋裁の小さな教室をしているよ」










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別れの時1

 交換絵物語も3冊目に入った。かえでは最近恐ろしいほど綺麗になった。体の中から輝くものがある。
「私はもう医師から告げられた寿命は過ぎている。蝉みたいに最後まで鳴いて死んでいくの」
と言うかえでは嫌いだ。
 今日は母が秋物を持って病院に来た。私は母の顔を見ると慌てて鞄から交換絵物語を抜き出してベットの下に隠す。恥ずかしいものを見られるような気持ちだ。母が写真を出して、
「妹が絵画展の大賞を取ってローマに送られた作品よ」
と自慢げに見せる。地中のさつまいもを大胆なタッチで描いている。もう兄など忘れたようだ。一度もだ訪ねてきたことがない。
「兄ちゃんはいつまでたっても橙の電車ばかりね」
 かえでが入口に先ほどから立っている。
「それと6年までに学校に戻れなかったら中学に上がれないと言われた」
 それを念を押して帰っていった。
「綺麗なお母さんね?」
「そうかな」
「でも妹を可愛がっているみたいね?でもひろし君勉強しないと中学に上がれないよ」
「かえでは?」
「小学に一度も行かなかったのにもう卒業よ。留年になるみたい。でも私は今だけが大切なの。それで母にノートパソコンをねだっているの」
「どれでどうするの?」
「パソコンで絵を描くの。ひろし君も貸してあげるから小説を書いたら」







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秘密基地8

 今日は約束して秘密基地に入った。かえではピン子の帽子を被っている。すぐに目を閉じろと言われてベットに横になる。30分も経ったのだろうかうとうとしているとかえでの声がした。
「どう?」
 人形のようなかえでが現れた。姉さんの化粧をしたのだ。
「綺麗だよ」
 そう言い終わらないうちにするすると服を脱いでしまった。小さなオッパイが少し膨らんでいる。
「抱きかかえて?」
「別人みたいだよ」
「私も自分で見とれちゃうわ」
 すでに私はかえでの裸を見ると立つようになってしまっている。
「今回は出るのを気にしないで最後まで入れて。薬を飲んだから心配いらない」
「痛くない?」
「ひろし君の小さいから大丈夫よ。入れたり出したりするの」
 うー!夢精の時と同じだ。彼女のものがピタピタと音を立てている。彼女に手に急に力が入って苦しいほど抱き絞めてくる。
「出るよ」
「出していいよ」
 急にかえでがぴくぴくと震えだす。
「どうしあたの?」
「いい。いいのよ。こんなにいいのならもう少し生きていたい」










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秘密基地7

 私は最近は交換絵物語を下着を入れている鞄に入れるようにしている。もう他人には見せられない絵が描かれている。私は出来るだけかえでを迎えに行かず非常階段に行くようになっている。かえでとあの日からそれでも3回入っている。毎回かえでには週刊誌で読んだことを試しているようだ。
「ひろし君は私が嫌い?」
「そんなことはないよ」
「だったら秘密基地をなぜ避けるの?」
「このままじゃみんな変な目で見るのじゃ?」
 確かに医者も看護婦もあの部屋の意味を知っている。それに患者も時々出入りしている。
「でも誰もばらさなよ。みんな知らんふりしている。姉さんは何度も外でドアが開くのを待っていた看護婦に会ったって」
 でも黙って絵を描いている私を見て私の画用紙に青色の電車を描いた。
「これは私の電車よ。ひろし君の電車と今すれ違っている。でも今を逃したらもう2度と会えなくなるのよ」
「ここは環状線だからまた会える」
 これは母の受け売りだ。まだ一度も一周したことはない。
「ひろし君は治ってここを出る日が来る。きっと私は出る時は死んだときだけよ。私って友達ができない子なんだ。ひろし君の他にまた友達ができることってないように思う」
「でも子供ができるよ」
「心配しないでいいの。姉さんから薬ももらっているし、明日は貰った化粧を持っていく」
と言って私もパジャマのズボンのポケットに手を入れる。しっかりと私のものを握っている。
「出るまでは私を忘れないで」





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秘密基地6

 車椅子が要らなくなってかえではスカートを履くようになった。あの姉さんはずっとスカートをはいていた。今日は朝は非常階段に出てこなかった。私が昼食を食べて部屋に迎えに行く。今日は久しぶりのピンクの帽子だ。ベットで交換絵物語を渡したら腕を引っ張って部屋を出る。
「どこへ行く?」
「黙って!」
 きょろきょろとナースステーションを見ている。急に手を引っ張ると秘密基地に引っ張り込む。それからすぐに鍵を回す。やはりかえでの顔はひきつっていて目が震えている。
「あ!」
 かえでの手が私のパシャマとパンツを降ろしている。指で皮をむいている。それから柔らかく撫でる。
「大きくなった。気持ちいい?」
「うん」
「まだ出したら駄目よ」
 今度はスカートをまくった。パンツも履いてない。
「見て、ここも毛が抜けちゃってつるつるよ」
 母のは毛が生えてまったく見えない。
「指入れていいよ。うんそう気持ちがいい。わーやっぱり本の書いているように大きくなった」
 私のものが上を向いてぴくぴくしている。かえでが口に含む。その瞬間ぴゅーと出た。
「まだ出しちゃ」
 ドアがノックされた。だがそれ以上は叩かない。
「15分後に出てという合図。姉さんが言ってたわ」
「ごめんだよ」
「いいの、まだ死ねないからね」







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秘密基地5

 隣のベットの女性が退院が決まった。もう2日前からかえでが色々なものを貰っている。最後の朝私も車椅子を押して部屋に入った。すっかりベットは片づけられていて本棚も空になっている。着物を着た母親が鞄を下げている。かえでを押してナースステーションのエレベターの前に行く。ここは柵があってこれ以上はいけないようになっている。若い医師が涙目で立っている。
 かえでがしっかり抱き合って手を振る。それから非常階段に行く。
「姉さんは19歳で母親のスナックを手伝うようよ。あそこにいた医師、秘密基地で何度もエッチしていたのよ」
「へえ!」
「分かるわ。姉さんも5年もいて何度も個室を行き来していたの。18歳の時に彼を秘密基地に誘い出した。秘密基地は長い入院患者の伝説の部屋なの。姉さんはおぼこで死にたくないっていつも言っていた」
「処女!?」
 これは彼女の週刊誌の知識だ。
「結婚する?」
「女が入院患者の場合はほとんどそのままお別れらしいよ。看護婦の場合は結婚が多いと」
 女同士の話をしているようだ。
「患者同士は?」
「それも別れる」
と言われて私はかえでの顔を見た。
「私はきっと出れないと思う。だからどうしても私はここで果たすわ」
 かえでは10月で12歳になり中学生になる。だが小学校に一度も通ったことがない。






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秘密基地4

 久しぶりに父が見舞いに来た。渡されていた着替えを出して入れ替える。父は嫌いではないがじっくり話したことがなかった。入り口に昼食をすましたかえでが一人で車椅子をこいできている。私の記憶では父は毎晩遅く酔っぱらって帰ってくる。残業だと言っている。だが寡黙な人だ。
 練習問題のノートを母から預かってきたようだ。
「絵ばかり描いていたら偉くなれんぞ」
 1時間座っていてそれでけ言って帰っていった。
「お待たせ。押すよ」
 私はかえでの車椅子を押して非常階段に行く。今日は日曜日で誰もいない。
「優しそうなお父さんね?」
「ほとんど話さないよ」
「お勤め?」
「区役所に勤めている」
「ひろし君はお父さん似かな?」
「どうして?」
「男前だと思う」
 そういうと車椅子から立ち上がって手すりまで歩く。
「凄いな」
「ベットの中でも歩いているのよ。交換絵物語見てくれた?ひろし君ってもう夢精した?」
 最近どんどん過激になっている。
「パンツにねっとりしたものが朝残っているって?」
「ああ」
「もう立派な男の子だわ。私も始まっている。子供ができるらしいよ」





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秘密基地3

 看護婦に頼んで車椅子を出してもらった。私は車椅子の押し手だ。今日は水色の空に筋雲が見える。
「あの看護婦さん覚えている?」
「いや?」
「秘密基地で見た看護婦さんよ。乳首が大きかった。きっと子供がいるのよ」
「よく知ってるな?」
「女性週刊誌を見ているもん」
「まだ歩けない?」
「これ見てよ」
とパジャマのズボンを腿まで上げる。何とほっそりし過ぎた脚だろう。
「すっかり肉が落ちたわ。ひろし君の絵では私は眠ったままよ。早く起こしてね?」
「今日起きるところを描くよ」
「絵はまだまだだけど文章は好きよ」
 こうして話しているときは他の人は気にならない。今日も常連の子供たちに年寄りがいる。
「あの橙の電車が停まる駅の名前知っている?」
「いや、聞いてみようか?」
「そんなこといいよ。私はもう名前を付けている。天国行きよ。だからひろし君の橙の電車のようにぐるりと回らない。そこから空に飛ぶの。いつか漫画で夜行列車が空を飛ぶのを見た」
 空を飛ぶ発想は私にはなかった。かえでは足をバタバタしている。
「痛い?」
「筋肉を戻したいの。そうしないと秘密基地には行けない」






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秘密基地2

 蝉の声がもの悲しい。朝は涼しい風が吹き込んでくる。いつものように朝食を済ませると非常階段に陣取る。かえでとの交換絵物語はもう私だけの物語になっている。病気になったかえでの横でいろいろ話をしている絵が続いている。もう3か月になるか。毎日一番にかえでのベットを覗きに行く。何よりも恐ろしいのは本棚が整理されることだ。私の部屋も1人そうしていつの間にかいなくなっていたのだ。
「彼氏」
 背中から声を掛けられて振り向く。かえでの隣のベットの姉さんだ。
「呼んでいるよ」
「へえ!」
 私は小走りにかえでの部屋に行く。
 小さくなった水色の毛糸の帽子を被ったかえでだ。
「帰ってくれたよ」
「待っていたよ」
 私は手に持っていた交換絵物語を布団の上に置く。彼女は黙ってあの止まっていた日から頁を繰る。
「秘密基地に行ってくれるのね?」
「ああ」
「私は森から迎えに来た魔女の手を懸命に振り払った。まだやり残したことがあるの。でもまだ歩けないの。眩暈がする」
「お母さん来てたよ」
「会ったわ。結婚すると言っていたわ。それと私はおじいちゃんのお墓に入ると言っていた」
 何という母だ。
「もう余命の時間はとっくに過ぎている。でも私はやり残したことするまで行かないよ」
 私はそっとかえでの手を握った。冷たい手だ。






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秘密基地1

 あの日から私とかえでは姉弟のようになった。かえでは兄弟もなく一人ぽっちだから私を何くれと面倒を見てくれた。私は妹と疎遠となっていたから甘えるようになった。だがどうしてか二人とも秘密基地を避けていた。交換絵物語は少しずつ過激になっていくのを気付かないでいた。
 真夏になってかえではまた個室に入った。私は交換絵物語を持ったまま毎日かえでの部屋を訪ねた。今度は10日経っても出てくる様子がなかった。そんな日初めてかえでの母を部屋で見た。母親の匂いが全くしない歳の離れた姉のようだった。
「今回は覚悟してください」
と医師が言う言葉に吃驚した。
「いえ、入院した時から諦めています」
 冷たい声だ。
 私は耐えれなくなって非常階段に行き橙の電車を描く。そう言えば悲しいことがあればただひたすら絵を描く子だった。何台も何台も電車を見送り赤い太陽が沈んだ。死という現実を初めて考えた。もうかえでには会えないかもしれない。かえでが秘密基地に行こうというのを無意識で拒んだ。それと誰にも隠していたことがある。それをかえでには今話をしたい。
 帰りに夕食が運ばれている中また部屋を覗いた。かえでのベットにアロハシャツを着た男が立っている。かえでの母が立ち上がって男の腕に手を絡ませる。こんなところで待ち合わせしていたのだ。かえでは母のことを滅多に口にしなかったのはこれなのだろう。悔しさで涙が溢れる。
 その夜私は交換絵物語を連続して描いた。花の咲き乱れる秘密基地の森だ。かえでが目を閉じていて私が彼女の胸で寝ている。そのかえではピンクの毛糸の帽子を被っている。ピンクは勝負色だとかえでが言っていた。そう言えば秘密基地に誘ったかえではピンクの帽子を被っていた。
 その夜夢の中にかえでが出てきた。どういうわけか小さなリュックを背負っていた。私は引き留めようと手を伸ばすが届かない。




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橙の電車8

 新しい試みは二人をわくわくさせた。梅雨になっても毎日画帳を交互に回す。病院の外には広大な草原があって毎日冒険を繰り返す。だが今日は次の1ページを書けなくて白紙のままだ。今日はかえでは検査があって昼を済ませて非常階段に来た。初めてのピンク色の帽子だ。
「書けなかったでしょ?」
 私は黙って俯いている。
「秘密基地を教えてあげる」
 腕を引っ張ってナースステーションのところまで来て、その隣の部屋をノブを回して私の手を引っ張る。
「ここは仮眠室よ。中から鍵をかけるようになっている。ほら今閉めたから外は赤の色になっている。この後ろのカーテンの中に入って?」
 ベットが1つだけある。
「私がここを見つけたのは2年前。私のところの部屋の人がここに今位の時間に入ったの。この時間は看護婦さんが休憩に入るの。今から声を出しちゃだめよ」
 30分するとパジャマ姿の私と同室の40歳くらいの男性が入ってくる。ほとんどその後顔見知りの看護婦が入っている。かえでの手が私の手を握っている。
 看護婦は鍵を閉めるとピンク色の白衣を脱ぐと男のパジャマを下げて顔を埋める。かえでの手が熱を帯びている。5分ほどで顔を上げるとはっきりと反り切ったものが見える。大人のものはこんなにも大きくなる!裸のお尻がその上に重なる。押し殺した声がして20分ほどで看護婦はもう白衣を着る。男は1万札を渡して後から出て行く。
 かえでも私も黙ったまま外に出る。
 前日のかえでの絵はこの部屋の絵だった。ただ森の中にあった。そこに『私は何でも知りたいし何でも死ぬまでにしたい!』とか書いてあった。





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橙の電車7

 微熱が出た。
「うつすことはないが、まだ菌が残っているみたいだな」
 1か月に一度診断をしている医者が独り言を言っている。
「今日はベットで寝ているのよ」
と看護婦が部屋に連れて帰る。
 しばらくしてかえでの毛糸の帽子が入口から入ってくる。
「来ないから迎えに来た」
「熱が出ている?」
「私なんかしょっちゅうよ」
「だけどうつらないって」
「私もうつらないわよ」
 かえでは私のベットに腰かけて新しい画帳を見せる。
「6冊目?」
「提案があるのよ」
 目がキラキラしている。
「私とひろし君が物語を交互に書くの」
「絵は描けないよ。橙の電車しか」
「えは私が担当する。考えただけでわくわくする。まず今から1ページ目を私から書かせて?」
 それから黙って2時間ばかり文章と絵を描く。かえでの書き出しは病院から抜け出して外に出るという話。ひろしとかえでが描かれている。かえではいつもの毛糸の帽子を被っている。








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橙の電車6

 夢の中でかえでの物語の中にいた。山の中で一人で暮らす少女が王子様を待っている。毎日森の動物たちと遊んでいる。1枚の絵を見ているだけで色々なことを思い浮かべる。かえではこうして何年も病院の中で一人で生きてきたのだ。子供ながら胸が熱くなる。
 この熱さは何なのだろう。今日は珍しく母が朝から来ている。着替えを鞄に入れ替えている。
「勉強はしている?」
「ええ、はい」
 私は母が苦手だ。妹が出来てから私は常に2番手になった。今回も妹が伝染病にかかって私にうつしたが、妹が軽いと分かったあの時の母のほっとした顔を今も覚えている。
「また橙の電車?いい加減卒業して勉強しないと妹に負けるわよ」
 部屋の入り口にかえでが立っている。母が帰るまで毛糸の帽子がゆっくり動いている。2時間ほどで小言を1か月分言い終わって帰っていった。かえでは無言で非常階段に向かう。
「ひろし君も大変ね」
「あの物語面白いよ」
「話変えたね?でもここにいたら外のことはどうでもいいのよ」
 もうすっかり桜は散っている。
「かえではお母さんは?」
「あの人は私を生んですぐに離婚して私はおばあちゃに預けられたきりよ。もう会わなくなって3年くらいになるわ。私は余計な子なの」
 余計な子か。いつの間にか妹に何でも負ける兄になっていた。







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橙の電車5

 朝ごはんが済んでもう画帳を持って非常階段にいる。常連の子供達の他に年寄りも出てきている。桜がもう散りかけている。かえでと桜を楽しみにしていたのだが今年はもうお終いだ。せめてクレヨンで見せてやろうと橙の電車と桜を描いている。すると白い指がにゅっと出てきて花びらを貼り付ける。
「やっと解放されたよ」
 かえでが楽しそうに笑っている。
「でも個室に入ると今回は帰れないという恐怖があるわ。家族はいつものことで見舞いも来ないよ」
「何度も部屋に行ったよ」
「姉さんが彼氏が毎日来ていたと言ってたわ」
 私の顔が赤くなったのでかえでが笑ってる。
「でも私を心配してくれる人ができたのね?」
 だが少しやせたようだ。それに肌が透き通るように青白い。
「私が漫画描いていたのを聞いたよね?読んでくれる?」
 ベットの棚にあった画帳だ。
「これね、病院に入った頃から描き始めた。1冊で終わると思っていたけどもう5冊目よ。でも誰にも見せたことがないの」
 二人で話していると周りが声も聞こえない。
「私は話す友達もいないので、この画帳にいろいろ話しかけて来た。この中にいるのはだからもう一人の私なの。この子は私の代わりにどこにでも行けるし彼氏もいる」
 かえでの目が輝いている。




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橙の電車4

 ここ3日かえでが姿を見せない。彼女の部屋に行ったがベットは綺麗に畳まれている。最近何度も来ているので隣のベットの若い女性が覚えてくれている。
「彼氏ね?かえでしばらく戻らないよ」
「・・・?」
「3年隣同士だけど、2月に一度の割で個室に移されるの。どうも熱が出るようね」
 隣の女性は20歳くらいでかえでと同じように帽子を被っている。
「かえでおませなのよ」
とかえでの本棚から週刊誌を取り出す。
「これは私が上げたのだけどね、女性週刊誌だけどハードなことばかりよ。子供に見せるのはどうかな?」
 ここには男と女のセックスを書いている。裸の写真は父の机の上で見つけて母に取り上げられた経験がある。だが全く興味がない。
「かえではね、経験なく死ぬには耐えられないっていうのよ。でも私も同じ意見よ。私も結婚して子供も産みたいのよ」
 まだそんな話ができる間ではない。私は本棚に分厚い画帳を見つけた。
「それね、かえでいつも描いているわ」
 これは漫画だ。ちゃんと絵には吹き出しが付いている。
「それで5冊目だっていうわ」
 漫画を描くのか?
「読んでいいけどかえでには私が見せたって言わないこと。私彼女とはいい友達でいたいから」
「はい。内緒にします」








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橙の電車3

 伝染病棟は他の棟から隔離されているだけでなく、各共同部屋にも自由に入れない。とくに重症患者がいるナースステーションの近くには近寄れない。だがかえでも私も比較的出入りが自由な部屋にいる。二人とも8人部屋でカーテンだけで夜は仕切られる。私の部屋は年配の人が多い。
「これ何?」
 かえでが私のベットを見つけてやってくる。
「紙人形や」
「何するの?」
 私はいつものように食事用の階位テーブルに紙人形を並べてぶつぶつ言って人形を動かす。
「これは忍者だよ」
「だから黒い色なのね?ひろしには兄弟がいる?」
「妹がいる。この病気は妹もうつったけど、半月で治ってここから出た。それを貰った菌が強かったと。それよりあそこに行こう?」
 一日に一度はここで橙の電車を見ないと落ち着かない。
「かえでは?」
「ああ、私?私は独りっ子よ。1か月に2度おばあちゃんが来る。この話は今はしたくないんだな」
 私はいつもの橙の電車の電車を描いている。
「私ね、そう長く生きれないのよ」
「どうして?」
「ここの医者が入院した時におばあちゃんに話していたわ。でもそれより長く生きているわ。ひろし勉強しているんだね?」
「ああ、5年生の教科書を貰ってきたって」
「私なんて勉強しても将来がないので」
 何と悲しい目をしているのだろうか?










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橙の電車2

 今日は朝から冷たい雨が降っている。窓枠の付いた橙の電車を朝からベットの上で見詰めている。ベットの上の小さな棚はもう描き終えた画用紙が積み上げられている。母が来ないと新しい画用紙はもう数日分しかない。ベットの中ではひと形に切った紙を立てて物語の演出をしている。その顔もクレヨンで描くのだ。雨の日は一日中ベットの中でこうしている。
 だが今日はお昼を食べると非常階段に出る。やはり誰も出てきていない。半分ほど雨がふきつけてくるのだ。橙の電車がゆっくり駅に入ってくる。
「朝は来なかったね?」
 いつの間にか少女が後ろに立っている。前は気が付かなかったが毛糸の帽子を被っている。
「帽子が気になるのね?」
と言うと、
「見たい?」
と微笑む。
「名前は?」
「ひろし」
「ひろし君だけに見せてあげるよ」
 帽子を取ると半分ほど毛が抜けていている。
「薬が強すぎた見たい。もう生えてこないのかどうかも分からないようだわ。私はかえで」
 かえでは画用紙を拡げてみせる。やはり橙の電車を描いたようだ。駅から動き出したばかりの先頭車両がにゅうーと飛び出していて、運転手の顔がしっかり描かれている。
「私には運転手が見えるの」
 その夜母が新しい画用紙とクレヨンと5年生の教科書を持ってきた。





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橙の電車1

 橙の電車が通り過ぎる。いつまで見ても飽きない。この非常階段は唯一太陽が差し込む場所で、ここに出れるようになったのは入院して半年してからで、母から買ってもらったクレヨンで同じ電車を描く。この病棟は病院の一番奥にあってどの棟にもつながっていないし、一般の人は入れない。うつるという一言でここの存在は消されている。
 後ろにはこんもりとした森があり時々子供の声が聞こえてくる。不思議に病院に運び込まれる前の記憶があまりない。どうもここに入る時にバッサリと記憶が切り落とされたようだ。どうかするとここでずっと過ごしてきたような気がする。最近は母も仕事が忙しくなったのか1週間に1度来るか来ないかになった。だが寂しくはない。
 この非常階段は上にも下にも繋がらない。どちらにも金網の柵がありこの踊り場だけが解放されている。ここにはいつも5人くらいがいるが話をすることはない。うつるという言葉が無意識に接触を避けるようにさせている。だがベットを出れるようになるとそううつることもないと看護婦が言っていた。だがみんな背を向けて自分の世界に入り込んでいる。
 いつものように橙の電車を描いていると、白い細い指が背中から伸びてくる。その指から黒のクレヨンが橙の電車に窓枠を入れていく。
「電車には窓枠がいるわ」
 私は驚いたように横目で見る。ここで話したことは今日が初めてだ。ただ振り返るのは怖い。
「それに窓の中には人もいるわ。君何年生?」
「この4月で5年生になる」
「私は一つ上。もうここに来て5年になるわ」
 彼女の手にも画用紙が握られている。
「ここには花の咲いているところはないはずだけど?」
「私の庭に咲いていたの。でも私の頭の中にしかないのよ。君の電車は空を飛ばないの?」
「電車は空は飛ばないよ」






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銀河鉄道10

「気を付けてね?」
 静江がマンションで送り出してくれる。今日はかえでの要望で電車で病院に送る。私はすみれの格好をしている。これもかえでの要望だ。ゆっくり歩いて天王寺から環状線に乗る。
「大丈夫か?」
「今日はいつもよりすっきりしている」
 病院のある駅に降りるとかえではホームの先にあるベンチを指す。
「ここから桜を見るよ。覚えている?」
「このベンチ?」
「あの非常階段から見えるの。ひろし君が退院した日もあそこから見てたの。何だか私だけ取り残されるようで涙が出た」
「あそこに桜が見える。まだ3分咲だなあ」
 私が指を指す。だがかえでの視線はその指を追っていない。目が虚空を見ているようだ。
「わあー満開だ!」
 私は彼女の肩を抱き寄せる。こういう時は倒れることが多いのだ。やはり電車で来るのは無理だったのだ。
「私感謝しているの。最後の1年をすみれと暮らせたこと。本当はずっと病院の中で何も残せず死んでいったと思うの」
「どうして最後と言うのだい?」
「無理矢理退院をした時、担当の医師に命の保証はないと言われていた。それでいつ死んでもいいと思って生きてきた。それがすみれと会ってずっと一緒にいたいと思うようになった。でも我儘なのよね?もうすっかり寿命は来ているのよ」
 かえでの体が風に揺れているようだ。
「銀河鉄道が迎えに来たわ」
「すみれも乗せて行って」
「だめ、すみれはもっと私の小説を書いてくれなきゃね」
 もう瞳孔が開いている。
「小説を書き続ける」
 体がふわりと軽くなる。私にはかえで銀河鉄道に乗り込んだのが見えた。
「かえでのために満開に咲いた。いつかここに迎えに来てくれるのを待っている」
 銀河鉄道の窓からピンクの毛糸の帽子を被ったかえでが手を振っている。
「さよなら」

    《完》

これは最初から終わりのイメージがありました。
こういう作品は私の作品では珍しいのです。
だから思ったより早く終わってしまいました。
これは私の中にもう夢のように残っている記憶に、
忘れたように花が咲きました。
この続きはこの小説を書くきっかけになった『ふたり』もよろしくお願いします。

この物語を書き終えて一月になりますが、橙の電車がたびだび夢に現れてきます。
まだ書き足らないのだろうか?



     夢人





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銀河鉄道9

 窓の外から桜の膨らんだ蕾が見える。かえでは疲れたのかまだ眠っている。窓を閉めるとパソコンを開ける。この中にかえでの遺書が入っている。これを私は見てもよいと言われている。だからついつい見てしまう。これはかえでが私が見ることを予想して書いている。私の覚悟を導いているのだ。
 昨日書いたのだろう。新しい文章が加えられている。静江に会社登記の社長の変更をしたと書いてある。とうとう最終の引継ぎを始めたようだ。かえでは自分の命が切れる音が聞こえるのだろうか。母には伝えず父に3千万を渡すようにとも書いている。静江がすでに私の朝食を用意している。
「部屋に入って来い」
 常務に明日休む届けを出している。常務は今日銀行から特別表彰を受ける。私も結果的に初めて代理を抜いて1位の表彰を受けた。私が部屋に入ると常務自ら鍵をかけた。
「これはオフレコだが残念ながら最後の頑張りだったが、力が及ばなかった。合併が決まってしまったよ」
 吸収合併だがその次も予定されていると聞いていた。
「明日には新聞にも発表される。9月がめどだ。今の双方の頭取は辞任して相手の専務が頭取となり私が専務になる。だがその後1年後には都銀に吸収される予定でほとんど都銀には残らない。君が付いてくるなら今回はポジションを用意できるが?」
「しばらく時間をください」
 常務室を出て原付で走り回る。いつの間にかかえでの病院の前に来ていた。明日の桜が咲いているのか見に来たのだ。まだ3分咲だがかえでに桜を見せれる。銀行を辞めてかえでと一緒に小説を書こうか。これは前々から考えていた。小説を書くならずっとすみれでいれる。
 帰り道に平さんの店を覗く。たまたま父が店の前を掃いていて母がお客を送り出している。
「いやあ」
 原付を止めて手を上げる。始めて夫婦で並んでいる姿を見た。親も変わった夫婦だが私はそれ以上だ。












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銀河鉄道8

 かえでに朝から化粧を手伝ってもらって私はすみれに変身した。すみれは静江と交互に私のものを吸って二人の口の中に精液を出した。
「これで気合を抜いたから」
とかえでが笑う。それでスカートを履いた私が送り出される。新しいアパートまでは15分歩けば着く。予定の12時を少し回っている。5階まで階段を登るとドアのブザーを押す。父の顔が見える。
「こちらは?」
 母が息子だと分からないようだ。
「すみれでひろしだよ」
 黙ったまま見ている。
「可愛いね」
 母の初めての優しい声だ。
「今あの病院で一緒だった毛糸の帽子を被った女の子と暮らしている」
「ああ、かえでさん?」
 覚えているようだ。
「ひろしには迷惑をかけたね?」
 妙に胸がジーンとした。母は珍しそうに私の手を握っている。父はおかんの店に行こうと促す。私はメールでかえでにこのことを知らせた。
 おかんの店に入るとちょうどかえでも静江を連れて入ってくる。父はかえでに気を使ってもたれれる一番端の席に座らせる。
「かえでさん、ひろしをよろしくね?」
 かえでは嬉しそうに微笑んで私の腕を掴む。30分ほど飲んでいて静江がかえでを連れて帰る。
「まだ病気は治っていないの」
「そう可愛そうね」
と言ってかえでの腕を取って送り出す。何だか肩の荷を下ろした気持ちになった。









 

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銀河鉄道7

「時々病院の頃の夢を見るの」
 今はかえでと静江と川の字で寝ている。
「あの頃ひろし君に会ってどろんとした毎日にぱっと明かりがさしたよ」
 静江が起きて朝ごはんの用意をする。少しずつこの生活に慣れてきた。
「病院は来週の火曜日に取れたよ。桜が咲いていればいいけど」
 かえでがひさしぶりにブログを更新している。来週はすみれと桜を見に行くよ!と書いている。
 12時に昼を抜いて原付で日本橋から阿倍野まで走る。聞いていた不動産屋の看板を見つけて中に入る。平さんの紹介の不動産屋だ。父が契約書を書いている。私が保証人に頼まれたのだ。地図で見ると平さんの店には近くなるようだ。エレベターのない5階だ。母と並んで取った写真がテーブルに乗っている。私の記憶にある母よりずいぶん年を取ったようだ。
「ひろしに会いたいと言っているがいやなら断る」
「いいよ。だがすみれの姿で会う」
 母は私が女性化していることを知らない。本当はかえでを連れて行きたいが妙な争いで彼女を傷つけたくない。もし母が不快感を示すようだったらこの際縁を切ろうと思っている。
「来週から平さんの店で炊事場を手伝う」
「自分から?」
「そうみたいだ。今回で妹と疎遠になるようだ。落ち着いたらともこも会わせたいと思っている」
 父も腹をくくったのだろう。
「かえでさんは元気?」
「一時より元気かな。今度病院の時桜を一緒に見にいく」
 父はかえでを一度抱いている。だが私はかえでにとって良かったと思っている。彼女は体で会話するのだ。だが父は妙に女を感じているように思う。その影響で父は娘のともこを抱いたようだ。ともこもかえでの影響を受けている。
「明日入居は何時に?」
「10時」
「なら、12時までに行く。その後おかんの店でも行こう」



 

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プロフィール

yumebito86869

Author:yumebito86869
もう記憶の中で小さくなってしまているが、
小さい頃病院で隔離されていた時期があった。
その時隣部屋にかえでと言う毛糸の帽子を被った少女がいた。
童貞を失ったのもかえでだ。
何もかもう失った時、私はすみれとして彼女と再会した。
また短い時間だったが私の中で一生光り輝いている。

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