思い出作り3

 私はあの融資で今年の新人賞をもらうことになった。それで今日は本店の会議室に朝から呼ばれた。支店長が自慢そうに付き添う。融資の判を押したがらなかったのに、まるで自分が賞を採ったように役員に挨拶しまくっている。この人はこうして年を取っていくのだろう。
「コーヒーでも飲まないか?」
 今賞を手渡してくれた常務が肩を叩く。
「君は銀行員になりたくて?」
 大きなテーブルの椅子に常務は腰かけて聞く。
「私は小さい頃病院に入っていました。母からは見放されたままようやく浪人して私大を出て、ひっそり生きようとして生まれた大阪の街に戻ってきました。何の夢もなく希望もなく・・・」
 常務は黙ってコーヒーを飲んでいる。
「それがここで失っていたものを取り返したのです。今はそれで精一杯です」
「そうか。その決着がついたらまた話そう。平さんはあの彼女と出会ってから全く変わったのだ。それまではただのやる気のない男だった。だが彼女に店を持たせたいと頑張った」
 そうだ。私も時間のないかえでのために変わらないといけない。本店を出るとわざわざ環状線に乗った。左側の窓に子供のように顔をくっつける。窓の向こうに病院の非常階段が見える。小さな女の子が手を振っている。
 かえでは最後の大切な時間で私に会いに来てくれたのだ。私はかえでの最後まで精一杯彼女ために生きよう。そう思うと駆け足て戻りたくなった。
 部屋に入るとパソコンを開いたままかえでは眠っていた。横に座るとかえでに凭れてパソコンを覗く。これは送信した後だ。送り先はかえでが本を出している出版社だ。すみれとかえでが出している童話の出版の話だ。これは聞いていた。OKの返事と合わせて私の古い小説が送られている。



 




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思い出作り2

 父が毎朝訪ねてくるようになった。8時に朝ごはんと昼ごはんと夕食まで拵えてマンションに来る。まるで娘に仕える母のようだ。父にはかえでのことは話した。
「会社の登記は済ませたけど次は?」
 窓際に布団を立て掛けてかえではもたれている。病院に行った日より元気にはなっている。父がかえでに登記を見せている。
「雑誌社の口座の変更を頼みます」
 この会社はかえでになっていて取締役に私が入っている。通帳も父が私の銀行で作ったようだ。口座には何と祖母の遺産も入れて5千万ほど入っている。
「あまりパソコンをしないように」
と私が銀行に出かける。父は10時半まで側で手伝いをしているようだ。
 夜は父は来ない。私が戻ってくる頃にはかえでは壁に凭れて寝ている。体力がなくなったのだ。私は戻ってくるとかえでの横に座って缶ビールを手に食事をとる。それからパソコンを開く。かえでが昼の間かなりの絵を描いている。ほとんど私の書いていた過去の小説の挿絵が出来上がっている。
「ひろし君」
「目を覚ました?」
「お父さんね、初めて昔の話したよ」
「昔?」
「お父さん、中国にいた話は聞いたことない?」
「聞いたことはないな」
「結婚するまで中国にいたそうよ。親の危篤で戻ってきて家を継がされたそうよ。中国に奥さんと娘がいたって。私が生きている間にお父さんを中国に行かせてあげて。お金は通帳から出して」
「ああ」
 答えた時にはもう眠っている。








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思い出作り1

 真夏が過ぎかえでが寝込んだ。ここ10日間桔梗にも出ていない。
「私がやるから銀行に行って」
 かえでの下着が鮮血で真っ赤だ。今まで何度かあったが今度は量が多い。下着を脱がしてお湯を染ませたタオルで丁寧に膣から流れた血を拭き取る。かえでは嫌がるがもう拭き取る力がない。人形のように寝ているしかない。
「今日病院に行く」
「嫌」
「ダメだ!」
 今までにない私の強さにかえでが驚いている。私は病院の予約を取ってタクシーを呼ぶ。
「これだけは約束して?」
「病院には行くんだぞ」
「もう入院は絶対しないから」
「分かった」
 病院に着いてすぐに診察室に通される。私は9時から1時まで待合室に座っている。1時には別の部屋に私だけ通される。
 昔秘密基地に入っていたあの医師が部長になっている。
「彼女も君もこことは縁が深いな。かえではすでにここでは余命なしとなっている」
「それで?」
「治療の方法がない。閉じ込めておいても可哀想だ」
「死を待つだけと言うのですね?」
「精々いい思い出を作ることだな」






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それぞれ12

 今日は銀行に祖母が死んだと休暇を出した。だがこれは嘘でかえでの老人ホームに入っていた祖母だ。私も病院に入っているときよく顔を見た。私はネクタイを締めてかえでと早く起きて泉州まで行く。10時には老人ホームの会議室に入る。中に入るとかえでは顔見知りがいないようで私の横に座る。
 20分して見覚えのある母親が見たことのない年配の男と入ってきた。
「あれ、4人目の夫よ。今度は15歳も上だそうよ」
「彼が病院で一緒だった?」
「そうよ。偶然に出会った」
「どう?一緒に住まない?主人がかえでを気に入っているわ」
「母の男に抱かれるのはもうごめんよ」
 かえでの話では3人が3人ともかえでを抱いたようだ。ひょっとしたら母がけしかけているようだとかえでは言っていた。話をしていると黒いスーツを着た男性が側に来た。彼が知らせてきたようだ。
「お母さんは遺言を書いておられていました」
と遺言を二人に見せている。私はかえでの横で相手の男性を見ている。勤め人と言う感じではない。今かえでの母は雇われママをスナックでしているという。
「なぜなの!」
 祖母は昔持っていたスナックを売って老人ホームに入ったようだ。その金がまだ1千5百万残っていたようだ。葬式代と墓代を残してすべてかえでに譲ると書かれている。
「私も死んだらひろし君しか財産を残さないから」
と言うと私の腕を引っ張って外に出る。
「すっきりしたわ。これで私の唯一の縁はひろし君だけ」








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それぞれ11

 7時半に来るようにと平さんからメールが入った。私は急いで集金の集計をして袋に詰める。静江たち女性陣が帰って支店長が店を出る。7時10分私が慌てて裏口から出る。急ぎ足で飛田の表通りを抜ける。5分前に着いたようだ。店の端で父とかえでが何やら書類を渡している。
「悪いこと相談してないか?」
「お父さんに言う言葉ではないよ」
 かえでが睨む。父は慌てて書類をまとめて炊事場に入る。表に車が止まった音がしてドアが開く。常務が一人入ってくる。平さんが迎えに出ている。
「ここは若い子が増えたな?」
「紹介するよ」
「昔はよく来たな」
 常務がかえでを指名したらどうしようと思っている。だが常務は私に握手を求めて席に掛ける。
「あの串カツ屋君の店の柱になるぞ。あの店が伸びないのは柱になる取引先がないからさ」
 ビールをママが運んでくる。
「どうや。金融は?」
「ボチボチや」
 二人はやはり同期だ。金融の話もしているようだ。常務は業務推進部長だ。
「今度はブロックごとに競争をやる。君の店は小型店いや閉鎖候補グループだ。7店のうちどんべを廃店をする」
「早く辞めてよかったな」
 平さんと常務は正反対の性格だが気は合う。2時間かっきりで常務はタクシーでまたミナミに走る。私の融資を祝ってくれてようで支払いは常務が払った。入れ替えにかえでが2人で入ってきた。今日はここで飲むと決めていたのだ。
「彼女フィリッピン。可愛いでしょ?まだ17歳よ。この近くのアパートに5人で住んでいるよ」
「かえでの恋人?」
「彼女なの」
と二人で撮った写真を見せる。
「凄い美人!」




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プロフィール

yumebito86869

Author:yumebito86869
もう記憶の中で小さくなってしまているが、
小さい頃病院で隔離されていた時期があった。
その時隣部屋にかえでと言う毛糸の帽子を被った少女がいた。
童貞を失ったのもかえでだ。
何もかもう失った時、私はすみれとして彼女と再会した。
また短い時間だったが私の中で一生光り輝いている。

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